篠沢教授死去!クイズダービーの迷解答者で人気&高配当がヤバい?

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篠沢教授が死去とのニュースが流れました。

この懐かしい名前はよく子供のころ見ていた大橋巨泉の

「クイズダービー」に解答者として出演していた大学教授で覚えている。

 

クイズダービーとは1970年代~80年代にかけて放送していた

解答者を競馬の馬に見立てて問題により配当が変わるという形式のクイズ番組。

 

「クイズダービー」で珍解答を連発した篠沢教授は、専門のフランスに関する

以外の事は正解率が低い為、高配当となるので起死回生で「篠沢教授に全部」と

指名されることがあり“大穴解答者”として人気がありました。
 

それで一発逆転した人がいたかは記憶にありませんが、当たったらヤバいですよね。

 

その篠沢秀夫さんは26日未明、都内の病院で肺炎により亡くなりました。

84歳でした。

 

篠沢さんは学習院大学文学部を卒業後、フランス・パリの大学に留学

その後フランス文学の研究者として活躍し、学習院大学の

名誉教授を務める。

 

テレビのクイズ番組で正解が多い解答者に「下品ですね」と

表現したり、珍解答をしたり「愉快、愉快」が口癖だった。

 

フジテレビのおはようナイスデイ(1996年)には、コメンテーター

として出演、“ユーモアあふれる教授”として親しまれ

CMも数多く出演していました。

 

しかし2009年、難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断され

闘病生活を続けていたという…

 

翌年2010年闘病中の篠沢教授

 

病気のため話すことを諦め、人工呼吸器をつけて取材は筆談で

答えてくれていた。

 
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故 児玉清さんとは親友

 

スーパーニュース(2010年1月)で取材中、親友の故 児玉清さんが

篠沢教授のところへ見舞いに訪れた。

 

児玉「僕が俳優になったのはこの人(教授)のおかげみたいな

   ものが、おかげというか「せい」みたいなところが

   あるわけですよ」

 

二人の出会いは大学時代、当時篠沢さんが出演する舞台に

児玉さんを誘ったのがきっかけだったという

 

篠沢「僕は役者になりたかったけど、タマちゃんのように

   足が長くないので学者になった。

   タマちゃんは学者になりたかったのに、ボクのせいで

   役者になってしまいました」

 

以来親友であり続ける二人…
 

児玉「僕ね恐縮だけど『奇跡はないんですか』って奥さんに聞いた時

   『奇跡は誤診しかないんだ』って言われた時の言葉きついよね」

 

  「乗り越えるでしょ それにおいては本当にめげない 

   ぶつかっていくもんね」

 

篠沢さんは声を出せなくなったことで何かを表現したいっていう

気持ちが強くなったと明かしていた

 

それからおよそ半年後、2011年5月…児玉清さんが死去…

その時は筆談で悲しみを伝えた。

 

そして病と闘いながらも講演活動を続けた篠沢さん

音声ソフトを使って“闘病の思い”を語っていた

 

篠沢「200人を超える方々から応援メッセージをたまわり

   ありがとうございます。生きてきたかいがあります…」

 

文芸春秋2017年3月号に掲載された「安楽死」の是非を問う特集で

このように言葉を寄せていた

 

安楽死など病気に負けることになるので絶対に望みません。

TBSドラマ「jin 仁」のように百年後の世界からお医者様が来て

ALSを治して下さらないかと夢を見つつ毎日、病気と闘って来ました。

ALSという病気がこの世から消えるまで闘いたいです。

 

診断を受けてから8年、まさに篠沢さんは病と闘い続けた

 

篠沢秀夫氏 プロフィール

 

1933年6月6日 生誕 東京 血液型AB

1965年 4月 妻・礼子さんと結婚 子供3人

1973年 4月 学習院大学文学部 フランス文学科教授

1977年~88年 TBS系「クイズダービー」に出演
       ユニークな回答で人気

2004年 3月 学習院大学を定年退職 名誉教授へ

2009年    難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断

2012年    講演会で声の合成ソフトを使い
       闘病の思いを語る

今年 3月  文芸春秋のアンケートで安楽死・尊厳死に
       反対と返答

   6月 肺炎のため都内の病院に入院

10月26日 死去 肺炎

 

筋萎縮性側索硬化症(ALS)

 

突然発病する原因不明の難病

まず手足の力が入らなくなり

筋肉が痩せることから始まり

やがて呼吸する力も無くなり

死に至る

生存期間は人によって差がある

 

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は今では結構知られた病気ですが

篠沢教授がその病だったとは…

この病気になる確率は低いと思っていたので驚きました。

 

最後まで難病と闘って希望を捨てなかった篠沢さん、安楽死を否定し

ドラマ「jin 仁」の話をされ、医学の進歩を信じていたんですね。

 

ご冥福をお祈りいたします。

 
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