永六輔さん死去!肺炎で83歳!パーキンソン病リハビリの語りがヤバイ

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放送作家や作詞家・俳優などマルチに活動を

続けてきた永六輔さん

先週木曜日に肺炎でお亡くなりになりました。
 
83歳でした。
 
葬儀は近親者ですでに営まれていて、後日

お別れの会を予定しているということです。

 

作詞家としては数々のヒット曲を世に送り出しました

 
1959年 黒い花びら・作詞永六輔 第1回日本レコード大賞

1985年 上を向いて歩こう・作詞永六輔・作曲中村八大

その他にも
帰ろかな        ・作詞永六輔・作曲中村八大
見上げてごらん夜の星を ・作詞永六輔・作曲いずみたく
いい湯だな       ・作詞永六輔・作曲いずみたく 
こんにちは赤ちゃん   ・作詞永六輔・作曲中村八大
遠くへ行きたい     ・作詞永六輔・作曲中村八大

 

1952年 大学在学中に作家活動を始める。
    コント作家や放送作家として活躍

ラジオパーソナリティーとしての知名度も高く

1967年から始まったレギュラー番組「永六輔の誰かとどこかで」は
   40年以上も続いて、放送回数は1万回を超えました。 

1985年 上を向いて歩こう・作詞永六輔

1993年 俳優やタレントとしても活躍
2×3が六輔ではテレビ番組の司会者をつとめた

1994年 大往生を発表 200万部を超える
    生死に関する様々な名言を集めた本

2010年 パーキンソン病を発症

 

60年以上の親交、黒柳徹子さん

60年、一度もケンカしたことはなかった。
亡くなる4日前にお見舞いに行きました。
話はできなかったけど、私が「永さん」と言うと
私を見て声を出して笑いました。
永さん長いこといいお友達でいてくださってありがとう。

 

大学生のころ永六輔さんのカバン持ちをしていたという
桂文枝さんのコメント

本当に気さくでいい方で良くしていただきました。
今はただただ驚いています。
永さんの機知にとんだしゃべくりが思い出されます。
ご冥福をお祈りいたします。

 

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2010年ころから手足の震えなどの症状が見られる

脳神経の疾患パーキンソン病を患った永さん、2013年には

テレビに出演しリハビリや「死生観」についても

語っていました。

 

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永六輔、諏訪中央病院・鎌田医師との対談

2013年7月 (当時80歳)
 

「リハビリって皆つらいんですよね」

でも僕はリハビリをはたから見ていると

嬉しそうにいつもやってる・・・
 

「辛くないんですか?」と言われるから

辛い・痛い・苦しい、でもやると

リハビリぐらい答えが出てくるものって

無いですね。
 

頑張ってやるとその分回復する
 

辛いリハビリの中でも永さんは明るさを失いませんでした

 

インドネシアから来た介護士の方が勉強をしていて

介護士の資格を取って、ジャカルタへ帰るっていう方だった

 
「永さん、日本には歩くのに歌えるいい歌があるよ・・・

上を向いて歩こうっていう歌なんだ」と言うから

 

来たな!って思って

 

外来の患者がずっと待っている、その前を

「私が歌います」って言いながらね、彼女が

「上を向いて歩こう~♪」

「はい上向いて!もうちょっと上向いて!」

「背すじ伸ばして!」

 

外来の人がチラッと見ますよね

 

「永六輔が上を向いて歩こうを歌いながら歩いている・・・」

それが聞こえたりするじゃないですか

 

恥ずかしいから「やめてください」って言って

「この歌、僕知らないからやめてください」って言ったら
 

その事をリハビリの主任の先生が聞いて、僕に

「外国から勉強に来ている子なんだから嘘つかないでください」

「ちゃんと言ってください」って言うから

 
「わかりました」って

翌日リハビリが始まるときに

 
「あれは嘘です、嘘つきましたごめんなさい」って

すると「うそでしょ?」って言うから

「うそです知ってます」

「なぜ知ってるかっていうと僕が作ったからです」って言ったの

 

そしたら彼女笑ってね「また嘘ついてる」って

 

車イスで、以前の早口のトークではないけれど

上体を揺らしながら元気に話されました。

ついつい聞き入ってしまう語りはヤバイ!面白すぎ。

さすがです。

 

そして医師である鎌田さんから死について尋ねると

 

鎌田「永さんはこの20年で死に対する考えは変わりましたか?」

 

永「変わってるかも知れない」

 「交通事故の時もガンの時も、医者に死にますよって

  言われると・・・」

 

 「このままでは死にますよって医者に言われると怖い

  死にますよって言わないでほしい」

 
 「死ぬかもしれないけど何とかしましょうって

  一言付けてくれないと・・・」

 
鎌田「分かりました(笑)」

 

永「去年僕は3回救急車に乗っているんですね。」

 

 「転倒とか骨折とか交通事故と3回死ぬような

  目にあっているんだけど、

  どれ一つとして落ち着いて死ぬ覚悟が出来て

  いませんでしたね。」

 

自身がなくなった時のことも語っていた

 

家族で亡くなった時の話ができてるというのは

良かったと思うんですよね。

 

残された方たちのほうが大変なんですよね

 
こういう風に見送ってほしいというのは

書いておいてもいいと思う。

 

出棺の時にこうしてほしい、

あるいは息を引き取るときにこうしてほしいというのは

専門家じゃなくてもできる。

 

鎌田「永さんなんか書いているんですか?」

 

僕は割と早いうちから書いていたんですよ。

弔辞だれに頼んでほしいってあるじゃないですか

でも弔辞頼んでいたらみんな死んじゃう(笑)

 

永六輔さん、昭和の時代にいい歌を残してくれてありがとう

ご冥福をお祈りいたします。

 

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